皆さんは傷病手当金という言葉を聞いたことがあるでしょうか。入院していた経験のある方や、退院後など一定の期間を医師によって自宅療養するように制限されて、お勤め先を長期にわたってお休みしたというような方はご存知かもしれませんね。
そのような経験のない方や新入社員の方など若い世代には知らない人も多いようですので、今回は「傷病手当金」をテーマにして様々なお話しをしようと思います。
引用:photo-AC
目次
傷病手当金って何?
引用:photo-AC
私たちが病気やケガなどで一定期間の労働ができなくなった場合、その間の収入が途絶えてしまいますね。傷病手当金とは、そういった状況になった時に支給してもらえるありがたい制度なのです。
ただし、この制度は自営業の方や無職の方は利用できません。あくまでも会社勤めなどで社会保険に加入している人が対象なので、国民健康保険の加入だけでは傷病手当金は支給されません。そのあたりも含めて、ここから詳しく見ていきましょう。
制度が出来た背景
傷病手当金というものが出来たのは1927年(昭和2年)のことです。企業で働く人たちが病気やケガで働けなくなった時に、本人はもちろん養うべき家族の生活を支えてもらうために作られた制度として誕生したのです。
その当時は給付を受けられる日数の限度はたった180日(半年間)でしたが、1977年(昭和52年)に改正されて現在の1年6ヶ月になったのです。
傷病手当金支給の条件
上記の通り、傷病手当金は社会保険加入者に限られた制度なのですが、病気やケガを負ってしまえばどのような場合も支給されるというわけではなく、きちんとした条件が定められています。
社会保険に加入している事はもちろん大前提ですが、入社したての方は対象外となります。最低6ヶ月間の加入継続が必要なので、6ヶ月に1日でも足りないと受給はできません。他にもいくつか条件がありますので下記をご覧ください。
1.発生したのが業務時間内ではないこと
社会保険加入者ということから、勤務時間内にケガをしたり倒れてしまった場合や、仕事中にケガをした(仕事のためにケガ負ったとき)に貰えると思っている方も沢山いらっしゃいますが、傷病手当金は業務時間外や業務が原因ではないものにのみ支給されることになっています。
お勤めをされている方の場合には労災保険というものがありますので、業務中や会社の通勤時に起きたものに関しては労災保険から支給されるのです。ですから、それ以外での就労不能期間に対して支給されるのが傷病手当金という事になります。
2.医師によって就労不能と診断されていること
自己申告で、「まだ歩くと痛い」とか、「体がだるい」などという事を会社に伝えたところで傷病手当金は支給されません。医師による診察(診断)の結果、医学的に診て就労が困難だからこれだけの期間はお仕事を休む必要があるという証明があってはじめて支給の対象となるのです。
3.待機期間を終えていること
傷病手当金は、就労困難となった初日から全期間に対して支給されるものではありません。実は待機期間という期間が3日間あって、その3日間分は支給されないのです。つまり、支給されるのは4日目からということになりますが、その3日間は連続している必要もあります。
【例その①】1日にケガをして翌日に受診したものの会社へ戻って仕事。3日と4日の2日間だけお休みして5日~7日まで勤務したのですが、やっぱり痛いので8日から再びお休みをしたというケース。
1日 | 2日 | 3日 | 4日 | 5日 | 6日 | 7日 | 8日 | 9日 | 10日 |
傷病発生 | 受診のみ | 休み | 休み | 通 常 出 勤 | 休み | 休み | 休み | ||
– | – | ○ | ○ | – | – | – | 支給対象外 |
この場合は、連続して3日間という待機期間の条件を満たしていませんので支給対象外となります。
【例その②】傷病発生の翌日から3日間お休みし、5日から7日まで通常勤務したのですが、症状(病状)が思わしくないため8日から再びお休みしたというケース。
1日 | 2日 | 3日 | 4日 | 5日 | 6日 | 7日 | 8日 | 9日 | 10日 |
傷病発生 | 休み | 休み | 休み | 通 常 出 勤 | 休み | 休み | 休み | ||
– | ○ | ○ | ○ | – | – | – | 支給対象 |
これは、例1.と違って3日間の待機条件も満たしているので、5日~7日まで出勤した(休みが途切れた)という事実があっても傷病手当金の支給対象となります。つまり、待機期間の3日間を満たしていれば数日お休みが途切れても支給の対象となるのです。
4.給料が支給されていないこと
傷病手当金が支給されるのは、傷病のために働けない日(欠勤)の収入をカバーするというような目的がありますので、会社からお給料が支給されている日に関しては、いくら傷病が完治していなくても支給されません。
ただし、出勤した日の日額が標準報酬月額を基に算出した傷病手当金の日額よりも低い金額だった場合には、その差額分が支給されます。
支給金額と支給される期間
引用:photo-AC
では、傷病手当金は具体的にいくら貰えるのでしょうか。そして、どの期間に対して支給されるのかなどを詳しく見ていきたいと思います。
支給される期間
傷病手当金には支給日数の上限があります。待機期間を終えて4日目から支給されるというお話しをしましたが、この4日目を1日として最長1年6ヶ月間と定められています。
ここで大切なポイントです!この1年6ヶ月の期間には、途中で何日か勤務した日があったとしても差し引かれることはなく、1日目がスタートしてしまえばそこから1年6ヶ月間という事になるのです。
支払われる金額
傷病手当金として受け取れる金額を計算するには、まず標準報酬月額を知る必要があります。標準報酬月額はあくまでも月額なので、これを1日の金額にします。傷病手当金の支給は1日単位で支払われるからです。
※1日の金額を出すにはその月の日数ではなく常に30日が基準となります。28日しかない月だろうと、31日まである月だろうと30日で計算することになっています。
標準報酬月額から日額が算出できたら、その3分の2の金額が傷病手当金の金額となります。算出した金額が割り切れない場合は四捨五入して繰り上げます。例えば、標準報酬月額が45万円の人が15日間の支払いを受ける場合は下記のようになります。
450,000円÷30日=15,000円、15000円×3分の2=10,000円、10,000円×15日(休んだ日数)=150,000円
この150,000円が受け取れる傷病手当金の金額です。分かりやすいように割り切れる数字を使いましたが、計算方法は同じですので、自分の標準報酬月額さえ知っていれば誰でも計算できますね。お金が支給されるのは、毎月10日・20日・月末の3回のみで、受給決定した日付によってどの日になるかが決まります。
傷病手当金の申請方法
引用:photo-AC
実際に傷病手当金の支給対象となった場合、どのように申請すれば良いのでしょうか。傷病手当金の存在を知っていてもどこでどのように申請するのかまでは知らないという方も少なくないと思いますので、ここからは申請方法についてお話しします。
申請書
まず必要なのが申請するための用紙「申請書」ですが、これは全国健康保険協会のホームページから見本も一緒にダウンロードできるようになっています。
参考サイト:全国健康保険協会 健康保険傷病手当金支給申請書
ただし、ほとんどの企業では個人でダウンロードをして準備しなくても、仕事をしばらく休むと会社に報告すれば総務や経理、人事など担当部署の方で傷病手当金の支給対象かどうか不明であっても一応という形で説明して貰えますし用紙も会社から貰える事が多いようです。
派遣の場合でも、社会保険に加入していれば傷病手当金は支給されます。手続きなどを含めた問い合わせは派遣先(実際にお仕事をしている企業)ではなく、派遣元(登録している派遣会社)にしてください。※お休みの連絡は派遣先にもきちんとしてくださいね。
数日で、申請のための書類など必要なものを一式そろえてもらえますし、派遣会社によっては指定した場所(入院先の病院など)に郵送してくれるところもあります。
必要なもの
まず必要なのは傷病手当金の申請書ですが、それぞれ自分が記入するもの、会社が記入するもの、そして担当医が記入するものと複数枚に分かれています。会社や担当医が記入する用紙は自身で記入しないように注意しましょう。
また、状況に合わせて申請書の他にも必要となるものがあります。外傷を負ったのであれば「負傷原因届」が必要ですし、場合によっては「こんなものまで?」というものも必要となることがあります。
記入も添付するものも揃ったら、会社で申請してくれる場合は会社の担当部署へ提出、自分で提出する場合は郵送でも構いませんが、どちらの場合も封入の前に必要なものが全て揃っているか、記入が漏れている箇所はないかを良く確認してください。
特に、担当医が記入する用紙に関しては、万が一記入漏れなどがあった場合には不備書類として返送されてきますので、また病院へ足を運ぶことになります。その分支給が遅れる原因となりますので注意深くチェックしてください。
申請から決定まで
申請書を提出すると、事実関係などを細かく調査されます(審査)。症状(病状)、投薬の状況、退院後の通院の有無、医師の診断内容との事実照合、過去に遡っての傷病手当金受給履歴などが事細かく調査され、支給対象か否かを判断することになります。
審査の結果、支給対象者であると判断されれば支給決定です。支給される期間や支給される金額などが記載された「保険給付金支給決定通知書」というものが、通常は会社あてに届きます。ですから、支給される本人は会社から通知を受け取る形となります。
審査の結果、もしも申請が通らなかった場合もきちんと「傷病手当金の全部不支給について」という通知が発送されますが、この通知は会社経由ではなく本人の自宅へ直接届きます。ただし、すでに退職していて継続給付を受ける場合などは自宅あてに直接届く事になっています。
有給休暇は支給日数に入る?
引用:photo-AC
上記でお話ししたように、傷病手当金が支給される条件として「給料が支払われていないこと」というのがありました。では、普段なかなか有給休暇を消費できないからと傷病で療養しているお休みを有給休暇の消費に充てた場合はどうなるのでしょうか。
有給休暇はお給料支給と同じ
繰り返しになりますが、お給料が支給されていないことが傷病手当金支給の条件ですね。もしも傷病手当金の日額よりも低いお給料だった場合のみ差額が支払われるというお話しもしました。
そもそも有給休暇というのは、説明の必要もないと思いますが「お休みしてもお給料(基本給の日額または平均日額など)が貰える」というありがたいお休みですね。ですから支給条件である「お給料が支給されない日」というものに該当しない事になります。そうすると疑問も出てきますね。
①.最初の待機期間である3日間は傷病手当金は支給されないのだから有給休暇を使用してもいいのか?
待機期間は傷病手当金の支給対象外の期間ですので、有給休暇を利用してお休みしても大丈夫です。この期間に有給休暇を使用したことを理由に、支給金額が低くなったり支給されなくなったりすることはありません。
②.有給休暇がたくさん残っている場合は、有給休暇を使いきってしまわないと申請できないの?
そんなことはありません。有給休暇がたくさん残っていても「あなたは有給休暇がたくさんあるのだから先に有給休暇を消費しなさい」などという事はないのです。①.②.どちらにも言えますが、有給休暇を利用したからといって傷病手当金の支給に関して不利になるようなことはありません。
③.有給休暇がたっぷりあるから傷病手当金の申請をせずに有給休暇の消化だけでお休みしてもいい?
答えはYESです。病気やケガでまとまったお休みをするからといって、傷病手当金の申請や受給は必須ではありません。有給休暇を消費しきれず毎年たくさん捨ていてるというような方なら有給休暇でお休みする方が良い場合もありますので、ご自身が良いと思う方を選択してください。
一般的な有給休暇のお給料と傷病手当金の金額を比較すれば、よほどの特例でない限りは有給休暇の方が金額は大きいので、手間ひまかけて申請書を記入したり添付書類を集めて提出することを考えると、傷病手当金でもらうよりも有給休暇を使用する方が簡単で生活費の心配も減ると言えます。
ただし、退院後に何回も通院治療する事が確実だったり、しばらくしたらまた入院や療養の可能性だって皆無ではありませんし、傷病に限らず新たに別の事象が発生してお休みする事があるかもしれませんので、全ての有給休暇を使いきってしまわないようにするのがベストと言えるかもしれませんね。
退職後ももらえる?
引用:photo-AC
またまた支給対象となる条件を思い出して欲しいのですが、社会保険に継続して6ヶ月以上加入している事というのがありました。そして、国民健康保険の加入者である自営業や無職の人は、この制度そのものを利用できないのでしたね。
という事は退職してしまった場合は傷病手当金の支給対象外と考えるのが普通ですね。そうなると退職後に収入もなく病院への支払いもあるのに困ってしまいます。しかし、実は退職後も条件さえ満たしていれば傷病手当金を受給できるのです。
退職後も継続
数日間の入院や自宅療養だけで会社に復帰できる場合は別ですが、その傷病がもとで仕事復帰が困難となることだってあり得ますよね。そのような状況になった場合、そのまま退職という決断をしなければならないというケースも少なくはないのです。
それなのに退職と同時に有給休暇も傷病手当金の受給資格も無くなってしまっては、その後の生活に困ってしまいます。という事から、「継続給付」という形で受け取ることができるのです。
ただし、継続給付を受ける事ができるのは、社会保険加入から1年以上経過している方に限られます。それと、退職時点で傷病手当金が支給されていること、または受給資格の条件を満たしている必要があります。完全に退職した後に申請しても認められません。
つまり、傷病が発生して仕事復帰が難しいと判断、このまま退職しようと考えてまずは有給休暇を全て消化、退職してからは傷病手当金で生活しようと思っても、在職中に申請や受給資格を得ていないと受給できないという事になります。
定年で退職
では、退職の時期がちょうど定年退職と同じで退職後すぐに年金が支給されるタイミングだった場合はどうなるのでしょうか。年金というのは、健康保険に加入している誰もが老後にもらえるものなので傷病手当金とは関係のないものと考えている方も多いようです。
しかし、これも受給されれば傷病手当金は支給されません。ただし、支給される年金額の360分の1が傷病手当金の金額よりも少ない場合は差額のみ支給されるという事になっています。
注意すべき点
引用:photo-AC
せっかくの制度を利用しようと思って申請しても通らなかった。有給休暇も使い果たしていて、仕事を休めば欠勤扱いとなってしまう。そのような事にならないために、特に注意しなければならない事を最後にまとめてみたいと思います。
傷病手当金の申請には時効がある
実は様々な給付金などには時効があるのですが、傷病手当金にも2年という時効が設定されていて、その期限を超えてしまうと権利が消滅してしまいますので要注意です。
金銭的に切迫していたり有給休暇が使えない状況だったりすれば1日でも早く申請しようとするのでしょうが、「退院してからゆっくり書こう」なんて悠長にしていると、すっかり忘れてしまって思い出した時にはすでに時効になっていたという事にもなりかねません。
この時効ですが、2年というのはいつから数えるのでしょうか。全国健康保険協会のホームページなどでは時効の起算日を「労務不能であった日ごとに、その翌日」という書き方で、何だか理解に苦しみますね。そこで、言葉で伝えるのは難しい(伝わりにくい)ので表にしてみました。
【例】2017年3月5日にケガをして入院、医師が就労不能と認めたのが当日から3月10日までの6日間とします。
就労不能とされた日 | 時効の起算日 | 時効 |
2017年3月5日 | 2017年3月6日 | 2019年3月5日 |
2017年3月6日 | 2017年3月7日 | 2019年3月6日 |
2017年3月7日 | 2017年3月8日 | 2019年3月7日 |
2017年3月8日 | 2017年3月9日 | 2019年3月8日 |
2017年3月9日 | 2017年3月10日 | 2019年3月9日 |
2017年3月10日 | 2017年3月11日 | 2019年3月10日 |
この表を見ると、「労務不能であった日ごとに、その翌日」という意味が理解できますね。傷病手当金は、支給も時効の起算日も全て1日単位で決められているという事です。
出産した方
女性の方は出産すると「出産一時金」が支給されますね。もしも、出産一時金と並行して傷病手当金の申請をするとどうなると思いますか?実は、どちらも同時に受け取ることはできないのです。そして、出産一時金の方が優先順位が高いので傷病手当金の申請をしても受給資格は得られません。
また、出産一時金の場合と同じ理由から、労災保険を適用されていて休業補償給付が支払われている方は傷病手当金の支給対象外となりますのでご注意ください。
継続給付について
退職後も継続して受給できるというお話しをしましたが、ここでも注意点があります。傷病手当金のことはさて置き、通常は勤めていた会社を退職したら、次のお仕事を探すためにハローワークへ行って求職の手続きなどをしますね。
そして、自分に合った(気に入った)仕事が見つかって就職するまでの間は失業手当てを受給しながらの生活となります。ここで傷病手当金に話しを戻します。継続給付を受給しながら失業手当を貰えるのでしょうか。
これは、それぞれについて考えれば答えは見えてきます。まず、傷病手当金を継続しているという事は働けないから(仕事復帰が困難だから)ですよね。一方、失業手当というのは働きたい(働く意思がある)方に対する給付です。
これを両方とも重複して受給できるとするなら、両方の支払い条件に矛盾があるという事がわかりますね。という事で、失業手当を貰っている方は傷病手当金の継続給付を受けることはできません。
絶対にやってはいけない事
生活保護費などの不正受給が問題視されていますが、実は傷病手当金についても悪用しようとする人(企業)が急増しているそうです。しかも、一番多い手口は企業と社員が結託するやり方だそうです。
傷病手当金が標準報酬をもとに算出されるというのを利用して、直近の報酬を高く支払ったという裏工作をします。そうすることで支給される金額が実際の金額よりはるかに高額になるというのです。
また、個人の不正受給として多いのは精神的な疾患を理由に長期療養または退職するというものです。心の病気というのは目で見えないため本人の申告のみでも容易に鬱病などの診断書を入手できますので、しばらく会社を休みたい時などにこの手を利用する人を私自身たくさん見てきました。
この方法で医師に「就労困難」という事を記入さえしてもらえば、健康体であっても働かずして収入が入ってくるのです。これは許せませんし人としてのモラルも欠落しているとしか言えません。絶対にやってはいけません。そして不正は絶対にバレます!
まとめ
いかがだったでしょうか。今回のテーマは傷病手当金についてのお話しでしたが、働く私たちにはとてもありがたい制度ですね。もちろん、この制度を利用するような状況にならないに越したことはないのですが、申請方法や注意点を知っていればイザという時に役立ちますし慌てなくて済みます。
自分の身に起きた時だけでなく、同僚やお友達が傷病でしばらくお仕事を休むというような話しを耳にしたら、ぜひ傷病手当金のことを教えてあげてください。