社会生活の中では様々なトラブルが起こるものですが、今回のテーマ「債務不履行」について身近な問題と捉えている方はあまり多くないのではないでしょうか。
「債務不履行」という言葉そのものは耳にした事があっても、一般的な生活の中で関わる事ではないと思っている方が多いようです。そこで、実は誰もが当事者になってしまう可能性のある債務不履行についてお話ししたいと思います。
目次
債務不履行とは?
引用:photo-AC
「債務不履行」という言葉はテレビのニュース番組などでも耳にしますね。債務不履行とは一体どういう意味なのか、私たちに関係あるの?
債務と債権
本題の「債務不履行」についてお話しする前に、まず債務と債権の違いを知っておく必要がありますのでお話ししておきます。
「債権」というのは、相手に何かをしてもらえる権利のことで、その何かをしてもらう人を「債権者」と言います。「債務」というのは、逆に相手に何かをしなければならない義務のことで、その何かをする義務がある人を「債務者」と言います。
例えば。一番分かりやすいのは金銭の貸し借りで、お金を貸す側が「債権者」、お金を借りる人が「債務者」となります。土地や物品の売買などでも同じ事です。
お店などで商品を買う人は、商品を売るお店に対して商品の引き渡しを請求する権利(債権)があると同時に、商品の代金を支払う義務(債務)が発生します。それとは逆に、お店側は商品を買う人に対して代金の支払を請求する権利(債権)があると同時に、商品を引き渡す義務(債務)が発生します。
履行と不履行
次に「履行」と「不履行」についてお話しします。まず「履行」というのは、決めた事を実行する、約束した事を遂行するというような意味です。
簡単な例を挙げると、「お金を借りた人が債務を履行する」という場合は、「お金を借りた人が返済の約束を守る」という感じになります。
「不履行」というのは全く逆の意味になりますので、上記の例に当てはめると、「お金を借りた人が返済の約束を守らない」というような事になります。
ここまでくれば「債務不履行」の意味がおのずと見えてきますね。つまり、「しなれけばならない責任や義務を果たさない」、もっと簡単に言ってしまうと「交わしていた約束を守らない」というような事が「債務不履行」という事になります。
3つの債務不履行
債務不履行は、故意又は過失によって自分の債務を履行しないことを言いますが、民法上では「履行遅延」、「履行不能」、「不完全履行」の3つに分類されています。
履行遅滞
「履行遅滞」というのは「債務者遅滞」とも言われていて、債務が期日通りに遂行されないものをいいます。うっかり失念してしまい、期限までに義務を果たせず期日が延びてしまった際などが債務遅滞となります。
一番多いのが新築工事やリフォーム工事での遅延です。そもそも予め「〇〇年〇月〇日までに完成」という期日を設定しているので、その期日までに完成しなかった場合は「履行遅滞」となり、履行遅滞違約金の請求対象となってしまうわけです。
他には、インターネット上で何かしらのお買い物をしたとします。支払方法は商品に同梱されている振込用紙を使用してコンビニエンスストアや金融などで支払うことにして、数日後その商品がきちんと届いたのにも関わらず商品の代金を期限内に払わないなどといったケースも履行遅滞です。
「履行遅滞」となるには、①.履行が可能であること、②.履行期が過ぎていること、③.債務者の責めに帰すべき事由があること、④.履行しないことが違法であること、などの条件があります。
※ 「履行遅滞」となった場合債権者側は、強制履行、損害賠償請求、契約の解除のいずれかを選択する事となります。
【強制履行】
強制履行には、「直接強制」、「代替執行」、「間接強制」の3つの方法があります。
「直接強制」は、債務者が任意に債務の履行をしない(約束を守らない)とき、債権者がその履行を裁判所に請求することができたり、国の機関を使って、債務者の意思には関係なく直接債務の内容を執行させることができるものです。
「代替執行」は、債務が作為(行動を起こすこと)を目的とするとき、債権者は債務者の費用で、第三者にこれさせることを裁判所に請求することができるというものです。不作為を目的とするときは、債務者の費用で債務者のした行為の結果を除去したり処分したりすることを裁判所に請求できます。
「間接強制」は、その債務を履行するまでの間、債務者に金銭の支払い義務を課して心理的に圧迫させるなどして、間接的に債務の内容を実現させる方法のことです。例えば、目的の物を引き渡さない場合に、「一定期間内に引き渡さなければ〇〇を命じる」などの方法です。
履行不能
こちらも故意ではなく、どうしようもない事情で債務が果たせないという場合です。義務を果たしたいのに果たすことが事実上困難(不可能)という場合は「履行不可能」となります。
分かりやすい例を挙げると、口コミで評判の飲食店でお食事をしようとインターネットからクレジットカード決済で予約、当日お店に入店した途端にそのお店から出火して全焼してしまったとします。
代金は先払いでクレジットカード決済してしまっていますが、お店側はわざと火事を発生させた訳ではありませんので義務を果たしたくても果たせないという、まさに「不可能」な状況です。このような場合には「履行不能」となり、場合によっては損害賠償を請求される事もあります。
※ 「履行不能」によって損害が発生した場合は、原則として金銭による損害賠償を請求することができます。また、損害賠償請求、の他に契約の解除の選択も可能です。
不完全履行
「不完全」というワードで察しがつくとは思いますが、責任は果たしたけれど完璧な状態ではなかった場合をいいます。例としては、「〇日までに」という期日内に約束していた物品を受け取ったとします。
ただし、その品物じたいが合っていても、約束した時点の物とは一部(色など)が変わっていたり、傷物になっていたりした場合は完全とは言えなくなります。このようなケースが「不完全履行」となります。
- ペットショップのオーナーがハムスターを多数購入したところ、その中の数匹が病気だった
- 10の項目を調査して欲しいと依頼された調査会社が、指定した内容のうち8つしか調査せず不完全な報告書を提出した
- 引越しを業者に依頼したところ荷物の扱いが雑で乱暴だったため、梱包前には無かった傷を付けられた
これらも不完全履行となり、強制履行、損害賠償請求、契約の解除の対象となります。
債務不履行は甘くない
債務不履行の事をよく知っていないと、何に関しても「少しぐらい大丈夫だろう」などと甘くみていると大変なことにもなり兼ねません。例えばお金の貸し借りひとつを見てみても、いきなり一括返済を迫られることがあるのです。
少しくらいの遅延であれば、遅れた分の返済をして問題が解決することもありますが、それ以上の遅延や度重なる遅延となると危険です。そうなれば融資そのものももちろんストップされますし、返済だけを求められる事になります。債務不履行が恐ろしいのはそういう事なのです。
一括返済を迫られた場合、弁護士や司法書士に相談してすぐに債務整理の手続きをはじめれば大きな問題にはならなくて済みますが、借金をそのまま放置しておくとある日突然一括請求を迫られ、それに応じなければ強制執行となってしまうのです。
債務不履行と不法行為の違い
引用:photo-AC
こうして「債務不履行」の事をじっくり見ていくと、「不法行為」と似ているような気がしますね。そこで、両者の違いは一体なんなのかを見てみたいと思います。
不法行為とは
故意又は過失によって、他人の権利や法律上保護されている利益(身体や財産を含む)を侵害するような行為を「不法行為」と言います。
この「不法行為」が成立するためには、事実上の損害が発生していなければならず、たとえ故意や過失に基づく権利侵害などの行為があったとしても、被害者側に損害が生じていなければ「不法行為」とはみなされません。
つまり、何の損害も発生していないのに責任だけを追求するという事はできないのです。そして、不法行為を行って損害賠償などが発生した場合には、「不法行為責任」を負うことになります。これは民法「第709条」で定められています。
【民法第709条】
故意又は過失によって、他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
参考サイト:不法行為とは
※ 不法行為が成立するためには、以下の要件を満たしている必要があります。
- 他人の権利又は法律上保護される利益を侵害する行為をしたこと
- その行為が故意または過失に基づくものであること
- 損害が発生したこと
- 権利等侵害行為と損害との間に因果関係があること
損害というのは、何も財産的なものだけではありません。精神的なものも含みますので、精神的苦痛を被ったという場合には、その精神的苦痛を損害として見ることが可能となります。これで発生する損害賠償金が俗に言う慰謝料です。
【債務不履行と不法行為】
上記の不法行為を見てみると、ある事に気づいた方がいらっしゃると思います。債務不履行というのは、ある契約(約束事)に対してそれを守っていない、一方の不法行為はというと事前の契約や約束事があるわけではなく、何の前触れもなく降りかかった事というイメージですね。
これで両者の違いが分かりましたよね。簡単に言ってしまうと、事前の契約(約束事)があったのか無かったのかという事で区別できます。
債務不履行と詐欺の違い
引用:photo-AC
もう一つ、「詐欺」との違いも見ておきたいと思います。詐欺に関しては説明する必要は無いとは言う方もいらっしゃると思うのですが、債務不履行も一歩間違えれば「詐欺だ」と言われてしまうケースもあるのです。
詐欺とは
嘘で人を信じ込ませて金銭を奪ったり、実際には存在しない物品をあたかも存在するかのように騙して商品代金を支払わせるような行為を詐欺といいます。あれこれと手を変え品を変え現れる「オレオレ詐欺」、「給付金詐欺」、「劇場型詐欺」、「結婚詐欺」など、実に様々な詐欺が横行していますね。
【債務不履行と詐欺】
「詐欺」の場合は、最初からお金を返済する意思も無ければ返済する能力もなかったという事が事実として証明されなければなりません。つまり、最初からお金を騙し取る事を目的で嘘を言ったり身分を偽ったりしてお金を出させ、返す意思のないものが詐欺となります。
これに対して、返済する意思があった場合や返済する能力があった場合、そしてその可能性があったという場合は詐欺にはなりません。このような状況で行使するのが債務不履行なのです。下記のようなケースは「詐欺」なのか「債務不履行」なのか考えてみて下さい。
【太郎さんは中古車販売店で車を購入し販売価格の半額を頭金としてその場で支払い、残りの半分は納車になった時に支払うという約束をしました。ところが、納車期限の前日に「メンテナンス作業が長引いているため4~5日納車を遅らせて欲しい」との連絡がありました。
特に予定もなかったし、急がせてメンテナンスの手抜きをされては困ると思い了承したのですが、5日目にまた「もう少し遅らせて欲しい」との連絡が入りました。しかも、今度は「もう少し」と言うだけでどれぐらい(何日ぐらい)遅れるのか分からないとの事でした。】
こういった車に関するトラブルは少なくないのですが、販売店側は決して最初から騙そうとしたわけではありません。ですから結論としては「詐欺」ではなく「債務不履行」になります。
このようなケースでは、「この車は〇月〇日からの旅行で使うので必ずその日までに納車してほしい」と伝えていた場合などは、約束の期日までに届かなければ契約の目的を果たしていませんので直ちに契約を解除することができます。ちなみに、詐欺は刑法事件となり、債務不履行は民事事件となります
身近な債務不履行
引用:photo-AC
序盤でも触れましたが、「債務不履行」というのは決して他人事ではありません。中でも多いケースはやはりインターネット上で売買できるネットオークションやネットショップでお買い物をした際のトラブルのようです。
そして、次に身近なケースが金銭の貸し借り(借金)に関する債務不履行です。ここからは、いつ自分に降りかかるかもしれない2つのケースについてお話しします。
ショッピングで債務不履行
まずはインターネットや通販で購入した商品や支払いに関する債務不履行についてのお話しです。現代は一家に一台(一人に一台)パソコンがあるという家庭も珍しくありません。
また、スマートフォンなどでも気軽にネットショッピングが楽しめますので、皆さんも1度は利用した経験がありますよね。そんなネットショッピングでも「債務不履行」は起きてしまいます。
ネットショッピングの場合はほとんどが代金先払いです。実際の現物ではなく画像で商品を見る、触る事もできないわけですから、届いてみたら「えっ?」という事もあります。ネットオークションなどの特に中古品である場合は「実際届いた物が違う」とか、「画像では確認できなかった傷がある」など。
借金で債務不履行
債務不履行は、契約で予め決められた債務者の責任で履行されるはずの債務がなされないことを言いますので、個人間での借金についても債務不履行が起こるケースは多々あります。
返済が出来なくなって遅延したり、決められた返済額が準備できず最低限必要な金額を支払わなかった場合なども債務不履行として捉えられることがあります。
債務者が債務不履行を行うと、債権者は履行請求権に基いて返済の督促などを行ったり、 契約の解除を伴う一括返済を要求したり、最悪の場合は損害賠償請求を起こしたりする場合もあります。
お友達などに借りたお金を「毎月〇日までに〇〇円づつ返す」という約束をしていたにも関わらず、うっかり第一回目の返済を忘れてしまって連絡すら取らず、「アイツなら許してくれるだろう」、「来週のお休みにでも返済に行こう」なんて思っていたらいきなり債務不履行で訴えられた人もいます。
債務不履行に時効はある?
様々な物事に存在する「時効」ですが、今回のテーマ「債務不履行」にも時効はあるのでしょうか。契約や約束を履行しないまま時効を迎えてしまったら泣き寝入りするしかないのでしょうか。
時効について
まず、様々な時効について少しお話ししたいと思います。皆さんご存知のように、罪を犯しても時効がくれば罪には問えない(捕まえる事ができない)ことになっています。極端に言うと、「悪い事をしても時効までの間さえ逃げ切れば良い」という事になります。
しかし、人を殺めても時効になれば罪に問われないのはおかしいという事で、2010年4月27日に殺人罪の時効は廃止となりました。それでもまだ様々な時効は存在しているのです。以下にいくつか時効の期間を書き出してみます。
- 拘留又は科料にあたる罪…1年
- 無期の懲役又は禁錮にあたる罪…15年
- 生産者や卸売商人、小売商人の商品売却代金請求権…2年
- 上記以外の売買代金請求権、目的物引渡請求権など…10年(商事債権の場合は5年)
- 貸金債権…10年(商事債権の場合は5年)
- 労働者の給料…2年
- 取締役の報酬…5年
- 工事の請負代金請求権…3年
- 自分の仕事場で注文を受けて他人のために仕事をする居職人(美容師、クリーニング業など)の債権…2年
- 注文を受けて物に加工して他の物を製造する製造人(家具製造人、靴職人など)の債権…2年
- 不当利得返還請求権…10年
- 約束手形の振出人、為替手形の引受人に対する請求権…3年
- 固定資産税、所得税、住民税などの税金…5年
- 小切手を請け戻した者のその前者に対する再遡求権…6ヶ月
- 不法行為による損害賠償請求権の時効…3年
などとなっています。犯罪以外でも時効が設けられているものが沢山ありますね。では債務不履行の時効はというと、やはり時効は存在します。
債務不履行による損害賠償請求権…10年(商事債権の場合は5年)です。
時効の種類
債務不履行の時効は、①.取得時効、②.消滅時効、③.商事時効、の3つの時効が適用となります。それぞれについて詳しく見てみましょう。
①.取得時効
取得時効というのは、品物や土地、権利などを長い間(長年)占有している場合に、その権利を取得することができるという制度です。その物などを占有し始めたときに、その物が自分のものであると考えてもらっていて、本人も過失なく信じていたような場合だと10年間、その他の場合は20年間という長い間占有していれば所有することを認めてもらえるのです。
取得時効は、上記のような品物や土地などの所有権だけではなく財産権などについても認められることになっています。本来は自分の物ではなくても、長い間占有していることで自分の物とする事ができるというもので、実際の「物」でなく著作権などに関しても要件を満たせば自分のものとする事ができるのです。
②.消滅時効
消滅時効というのは、権利を行使することができる時から一定期間が経過した場合に、権利者がその権利を失ってしまうという(消滅する)というもので、権利がそのまま放ったらかされているという状態が一定期間続いたときに、その権利がなくなりますよ、というルールのようなものです。
例えば、旅行に行く事を知った友人に、「名物の〇〇を買って来て欲しい」と頼まれて代金は立替えで購入してきたとします。品物は渡したけれど、手持ちが無いので後日支払うと言われたものの、お互いすっかり忘れてしまったまま長年が経過した場合などです。
このように長い期間忘れたままになっていて時効となれば、思い出したとしても代金の請求は一切できなくなってしまいます。こういった場合の商品の引き渡し請求権や代金請求権の消滅時効は10年間となっています。
③.商事時効
これは、②.の消滅時効が商行為によって発生した場合の時効で、お店やインターネット通販などで商品を買った際などがこれに該当しますが、消滅時効期間は5年と②の半分の期間となっています。
商事取引という性質上、一般の取引よりも早く法律関係を終わらせる必要があるという理由から、民法に比べて期間が短く設定されているそうです。
時効の中断
実は時効には「中断」というものがあります。時効の期間中にその事実を否定するような出来事が発生した場合は、それまで経過した期間を無かった事にできるというものです。つまり、再び最初から(ゼロから)期間がスタートするというものです。
まとめ
今回のテーマは「債務不履行」でしたがいかがだったでしょうか。「自分には関係のない事」だと思っていた方も、債務不履行というのは意外と身近なものである事がご理解頂けたと思います。
故意でなく過失という事もありますので、いざという時のためにここでお話しした「債務不履行」のことをぜひ覚えておいてくださいね。